カテゴリ:雑文( 6 )

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自分の古い詩を見返していると、そこに私はいると言う気がします。

そこには確かに私がいて何かを感じていて

言葉にしたいと願っていて

そう思うのです。

そして、ここにいる私に中にはその余韻のようなものだけが残っています。

過去にそれを書いたと言うことだけがあります。

ここにいる私は今は何かを忘れている抜け殻のようなものだと思ってしまうの。


だから古い詩を読んで、それをまた書くことは私にとっては

古巣に帰るようなことで、

懐かしくて温かい、そこに息づかいと言うものを感じるのです。

私には思い出があって

そして思い出の中の私は生きていて温かい。

あるいは、生きていた、それも温かく。


それは一つの時代だったのかも知れません。

時期と言う方が良いのか。


古い詩をもう一度書き付けると言うことは

私にとってもう一度温かな自分の心に触れる作業なのかも知れません。

それでも、そこには代償もあるような気がします。

それは、私にははっきりとはわからないけれど、

自分の健康状態だとか

今の自分を見つめないことなのかなと、思うのです。


それでも、自分の古い詩に触れた時の温かさやほっとする気持ちが

私をその作業に駆り立てているようです。


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by snowyspring | 2017-08-10 21:21 | 雑文

反省

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一生懸命にやっているのなら悔いることはないはず。

頑張りすぎるから疲れてしまうんだ。

反省。









*大切なお時間をありがとうございます*



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by snowyspring | 2017-06-22 23:11 | 雑文

父のこと

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「ロックンロールなんてクソくらえだ」と記していた父の好きだったのは、


シューベルトの「冬の旅」、イブ・モンタンの歌うシャンソン、千曲川旅情の歌」

「七つの子」「Old black Joe」などでした。

父を最期から2回前にお見舞いに行った時、父はベッドで大きな声で「Old Black Joe」を歌いました。


Gone are the days, when my heart was young and gay

Gone are the toils from the cotton fields away

Gone to the fields to the better land I know

I hear those gentle voices calling Old black Joe.


Im coming, I coming

For my head is bending low

I hear those gentle voices calling, "Old Black Joe"


そして、「七つの子」を大きな声で歌いました。


からす 何故鳴くの

からすは山に 可愛い七つの子があるからよ


懐かしい友達が自分を呼んでいる声が父に聞こえたのでしょうか。



長い父の闘病生活がそうして終わろうとしていました。



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by snowyspring | 2017-06-19 17:53 | 雑文

「言葉に」その後

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*写真は文書の内容とは関係がありません*






以前、「言葉に」という投稿をした時に、「言葉がブーメランのように自分へと戻ってくる」ということを書きました。

あれから考えてはいましたが、そのままにしていました。

そのことについて先日、「ノルウェーの森」(村上春樹著)を読み返していた時、「なんだ。そういうことだったのか」と思った文章がありました。

それで、自分の疑問がちょっと解決したのと同時に、また別の疑問が湧いてきました。

その文章は、

「(正直なところ、そのときの僕には風景なんてどうでもいいようなものだったのだ。

僕は僕自身のことを考え、そのときとなりを並んで歩いていた一人の美しい女のことを考え、僕と彼女とのことを考え、そしてまた僕自身のことを考えた。)

それは、何を見ても何を感じても何を考えても、結局すべてはブーメランのように自分自身の手もとに戻ってくるという年代だったのだ。」(ノルウェーの森 上 p.7~p.8 より引用)というものです。

引用した文章は主人公が20歳になる少し前のころのことを振り返って考えたことを述べたものです。


わたしが、言葉に閉じこめる想いを外の世界に向かって放つべきなのか、

それとも内へと向かうように書くべきなのかと考えるようになったのは、

わたしが文章を書き続け始めてしばらくたってからだったように思うので、

人は誰でもそういう思いに突き当たるのだろうと村上さんの文章を読んで思いました。

今、わたしにはちょっとした別の疑問が湧きましたが、それを掘り下げることは今はするまいと考えています。





*参照


2017 05 05


「言葉に」


言葉に閉じ込める思いは

外へと放つべきなのか

内へと向かうべきなのか

よく考えます。

以前思っていたのは

言葉がブーメランのように

放つとまた自分へ戻ってくるのだと

言うことでした。

今は、どうなのか考えます。

また言葉を連ね初めて日も浅いので

まだどちらへ行くべきか

ウロウロとしているのでしょう。



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by snowyspring | 2017-06-15 13:58 | 雑文

紫陽花咲き初めて。

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紫陽花の花を撮ってみました。
家のすぐ近くに、歩いて3、4分ほどのところに、
小さいけれど古くからのお寺があって
お参りされる方たちも多く、
それなりに人の訪れのあるお寺です。
境木地蔵尊と言われています。
かと言って、決して有名というほどではありません。

で、その地蔵尊に一株ですが、紫陽花の花があります。
近所の紫陽花が咲き始めているので、もう咲いた頃かと
そちらへ行ってみましたが
あいにくまだ小さな花をつけている程度でした。
高いところにあった少し大きめのを少しだけ撮らせてもらいました。

上2枚が地蔵尊の紫陽花、下2枚が公園で撮った紫陽花です。










*大切なお時間をありがとうございます*



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by snowyspring | 2017-06-06 14:38 | 雑文

写真のこと。

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*写真はかなり以前(何年も前)に撮ったものです*


この頃はネコちゃんの写真は撮らなくなりました。
色々な写真に手を出さなくなって
もっぱらお花の写真ばかり撮っています。
昔は、なんでもとにかく撮りたがっていました。
今は、レンズも一本しかないですし、
撮れる写真もまた時間的にも体力的にも限られていますから、
わたしに撮ってはブレーキのようなものかもしれません。

それは、もっと写真が撮りたい!って思うわたしの気持ちを
邪魔しているかもしれないけれど、
その反面、写真にばかり時間とお金を使っていた自分の生活に
他のやらなければいけないことや、
母のために使う時間のことなどを
管理できるように変えてくれました。

また、いつか「撮りたい〜」って思う時がきそうなのかどうか。。。
それもケセラセラな今のわたしです。








*大切なお時間をありがとうございます*


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by snowyspring | 2017-06-03 17:41 | 雑文

自作の詩を書き記してゆくブログです。他に写真と日々のことも少しだけ。


by snowyspring
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