初夏〜子供たち

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子供たち
ワイワイガヤガヤ
夏が子供達のうえを
白い雲と一緒に通り過ぎてゆく
やがて大きくなって
制服の似合う年頃になる
やがて青年になって巣立ちの時を迎えれば
あの頃のことは
懐かしい思い出に

そんな君たちに佳い夏をと思う。



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# by snowyspring | 2017-06-17 13:37 | スナップ写真

「心の貝殻」2003

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*写真は詩の内容とは関係がありません*




貝殻拾い、薄桃の
爪のかたちの貝殻を
一つ拾ってラララララ
二つ拾ってラララララ
心の在り処を尋ねましょう。

漣が、寄せては返して繰り返す
人の心を訪ねましょう

貝殻たちの見る夢を
遠くの海へと訪ねましょう
とおくとおくと
訪ねてみても答えはほんとに返るのかしら……

本当の気持ちを尋ねましょう
心の中にしまってある
本当の気持ちを尋ねましょう
悲しい涙を流したわけを
爛れるような苦しい気持ち

一つ一つの貝殻の
中に隠したホントとウソを
探してゆけば、
いらなかったものをマイナスすれば
本当のことがわかるはず

私とあなたの近くて遠い
本当の距離も測れるはず
優しいことを言ってくれるね
遠くに住んでる私の友達
時々ウソをつかせるね
心に住んでる別の友達
私の作り上げてしまった
私の思い出
もしかしたら私はいいとこだけを
つまみ食いしたかったのかも
知れませんね。

ごめんなさいと言ってみてから
嘘じゃなかったと思っている私です。






*大切なお時間をありがとうございます*



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# by snowyspring | 2017-06-17 11:52 | 詩・短歌・短詩など 2003年

「言葉に」その後

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*写真は文書の内容とは関係がありません*






以前、「言葉に」という投稿をした時に、「言葉がブーメランのように自分へと戻ってくる」ということを書きました。

あれから考えてはいましたが、そのままにしていました。

そのことについて先日、「ノルウェーの森」(村上春樹著)を読み返していた時、「なんだ。そういうことだったのか」と思った文章がありました。

それで、自分の疑問がちょっと解決したのと同時に、また別の疑問が湧いてきました。

その文章は、

「(正直なところ、そのときの僕には風景なんてどうでもいいようなものだったのだ。

僕は僕自身のことを考え、そのときとなりを並んで歩いていた一人の美しい女のことを考え、僕と彼女とのことを考え、そしてまた僕自身のことを考えた。)

それは、何を見ても何を感じても何を考えても、結局すべてはブーメランのように自分自身の手もとに戻ってくるという年代だったのだ。」(ノルウェーの森 上 p.7~p.8 より引用)というものです。

引用した文章は主人公が20歳になる少し前のころのことを振り返って考えたことを述べたものです。


わたしが、言葉に閉じこめる想いを外の世界に向かって放つべきなのか、

それとも内へと向かうように書くべきなのかと考えるようになったのは、

わたしが文章を書き続け始めてしばらくたってからだったように思うので、

人は誰でもそういう思いに突き当たるのだろうと村上さんの文章を読んで思いました。

今、わたしにはちょっとした別の疑問が湧きましたが、それを掘り下げることは今はするまいと考えています。





*参照


2017 05 05


「言葉に」


言葉に閉じ込める思いは

外へと放つべきなのか

内へと向かうべきなのか

よく考えます。

以前思っていたのは

言葉がブーメランのように

放つとまた自分へ戻ってくるのだと

言うことでした。

今は、どうなのか考えます。

また言葉を連ね初めて日も浅いので

まだどちらへ行くべきか

ウロウロとしているのでしょう。



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# by snowyspring | 2017-06-15 13:58 | 雑文

昔書いた自作の詩を書き記してゆくブログです。他に写真と日々のことも少しだけ。


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